2007年06月19日

CB250セニア

新シリーズ(笑)
記憶に残っているバイク・オートバイを書き記しておこう。

まずは自分のオートバイとして初めて手に入れたCB250セニア(1972)。フロントブレーキはディスクになったタイプで、カタログスペックでは最高出力27馬力とあり、手に入れた1981年当時のモデルと比べてもそれほど遜色はない数値である。
なぜかこの車両の写真がない。通算すると二年くらいは乗っていたはずなのだが、写真が一枚もないのはどうしたわけか。1981年の春に十年落ちの車両を当時六万円で、近衛通りそばの自転車屋から購入。別の店でハスラー250(1976ごろのもの)に試乗した後、いろいろ迷ってCBにした。キャンディオレンジの塗装はすっかり日に焼けて上面が薄くなっており、キャブレターやらブレーキやらに不具合もあったが、とにかくそのときあった手持ちの金で手に入れられるのはこれくらいだった。それくらい自分のオートバイに飢えていた。

ポイント点火方式のことも、峠の走り方もなんにも知らない頃のことだから、このセニアがどういう不具合を訴えているのかもろくにわかっていなかったが、とにかく走っているだけで嬉しく、オートバイというツールがどれほど楽しさの可能性を秘めているのか、乗るたびに教えてくれるようなものだった。だが、すでにわずかではあれ経験していた他のオートバイ(RG250Eやホーク兇筌曄璽掘砲鉾罎戮襪函¬世蕕にブレーキは効きもタッチも悪く、乗り心地もお世辞にもいいとは言えなかった。唯一魅力だったのはその排気音で、250とは思えない重厚な音が気に入っていた。夜中に山の中に一人で走りに行ったときなど、路肩に停めたセニアが暗闇の中で「ドッドッドッドッ」と正確なリズムと音と熱を発しているのが心強く感じられたものだ。

とにかくいつでも金がない頃でもあってタイヤはうっすらヒビ割れた状態のまま、乗らなくなるまで換えることもなかった。その古びたリブパターンのフロントタイヤのせいで何度かスリップダウンもしたが、それでも換えることはなかった。いま思うと信じられないことをしていた。おかげでヘルメットの大切さだけはしっかり身体で覚えたが。

投稿者 uga : 00:33 | コメント (9)