連休中ふと目にした日本海海戦に関する記事にあった「百発百中の砲一門は百発一中の砲百門に優る」との言葉がどうも納得できず、机上の計算をしてみたところ、双方が仮に100対1の数で対峙し(もちろん百発一中の砲が100門とする)一斉に全砲門を開いたとき、百発百中のたった一門の砲は初回の砲撃戦で撃破され、瞬く間に壊滅することがわかった。というかだな、小学生でもわかるだろそれくらい。なんでこんな精神論がまかり通ったのか不思議でならない。
それでは百発百中の砲はどのくらい数を揃えれば百発一中の砲100門に対抗できるか?計算してみたところ、10門あれば24回目の砲撃戦で100門の砲を壊滅させることが可能とわかった。そのとき残っている百発百中の砲は2門である。
だが、命中率100%の砲であっても9門しかなければ、命中率1%の砲100門に対しては18回目の砲撃戦で壊滅させられてしまうのである。殲滅戦において勝敗の分け目はそこにあった。
(いずれも命中率1%の側は発射100発に達した時点で1発命中として計算)
百発百中という命中率は現実に不可能である。では少しだけ現実的に考えたとして、兵の錬度を上げ10%の命中率(それでも現実離れしてるのだが)を獲得したとすればどうか?「百発十中の砲」などと言っては東郷元帥の精神論には程遠いが、まぁ机上の計算だからいいか。
まず先ほどの例と同じ10門あった場合だが、命中率10%の砲が10門あっても、命中率1%の砲100門にはまったく歯が立たない。12回目の砲撃戦で壊滅させられ、そのとき残る相手の砲はなんと94門である。
では50門あればどうなるか?14回目の砲撃戦が終わったとき、50門の側は41門残り戦闘における勝利が見えてくるのに対し、100門の側は40門の残りとなって形勢はその後急速に悪化する。
※ではここで問題。命中率10%の砲が勝利するために必要な最低限の数はいくつか?
砲の破壊力や連射性能、戦闘における人員・物資・弾薬補給の問題をひとまず置いたとしても、兵の錬度や兵器の性能を上げることで勝利を目指す場合にもやはり一定の「数」は必要であるという自明のことがわかっただけだった。
(数学に弱いので上記の計算は式を作らず(作れず)手書きの表でわかったことだ。だれか計算式つくれる人はいないだろうか?)
連休っていいなぁ。
新車で手に入れて二十四年目を迎えたSR。連休中一度くらいは火を入れようと引っ張り出して都内をふらふらしてみた。
ローギアで80km/h近くまでひっぱれば、そこらまではスーパースポーツの600ccくらいならリードできるようで、まだまだ現役続行可能な様子。なんちゃって初期型400仕様なのでロートルだと思われるのがつけ入る隙なのかもしれない。実際ロートルなんだけど(汗)
南千住のあたりの風景が変わっていると聞き、訪ねてみた。
荒川区側はいまも再開発が進み、十数年前とは風景どころか区画がまるごと変わってしまっている。高田家の屋敷があった南千住八丁目、汐入のあたりは胡録神社を残して外は十数年前の面影など微塵もなくなっていた。隅田川の大きく曲がる川筋はいまもそのままだが、名物だったカミソリ堤防も今はない。少なくとも十数年前まで、ここらは路地と民家が入り組んだ独特の雰囲気をもつ街だった。往来には人もたくさんいて風呂屋もにぎやかだった。古びたバイク屋にはなぜかCBのK1やカワサキの3気筒が並んでいたが、それがちっとも違和感のないいい感じを醸していた。
国鉄の隅田川駅も貨車の姿はほとんど見えない。
やがては今日見えたEF65-1001も消え、似たようなビルが林立するようになるのだろうか?