2005年05月04日

最高の情報

オートバイ乗りたる者よ、五感の先にある感覚を研ぎ澄ませ!
ブラインドコーナーの先にある、まだ見えない危険を感知することができなければ君は生き残れない!
この感覚は歳をとってからでは磨くことのできないものだ。
若い人よ、その感覚を研ぎ澄ませ!
目の前のコーナーの先にある「なにか」を、全神経以上の肌で感じ取れ!

…あらためて昨夜酔っ払って書いたのを読み直してみると(いまも酔ってるけど)勘違いされかねないなとちと不安に思った。
オートバイは感で走るんじゃないよ。
できるだけ多くの情報を、眼から耳から、そして気配からも感じ取って判断して走るんだ。
安全運転ってのは、いつも万が一のことを仮想してそれに対処できるように走ることを言うから、感が働くかどうかは関係ないんだけど、見えないところ(一瞬先)の気配を察してブレーキをもう一呼吸長く引くかどうかはやっぱり「感」としか言いようがない。その感がはずれて速度を落としすぎて人を困らせることはないしね。
危ないのは「大丈夫だ」という感。これはアテにしちゃいけない。

投稿者 uga : 03:17 | コメント (4)

2005年05月03日

050502 西新宿八丁目

 このごろの休日の習慣は、夕方ガレージから新宿までふらふらと歩いて行き、西口の蕎麦屋で焼酎を一杯やって帰るというものなのだが、短い散歩であっても独特の風景が沢山見つかるのが西新宿八丁目あたりの面白いところで、同じ道筋を何度歩いてもその都度変わった光景が眼に入る。
 青梅街道を隔てた向こうは高層ビルが幾重にも重なり、定規で引いたような鉛直線が空を区切っているのに比べ、街道の北側は一歩入ると築五十年ほどの傾きそうなアパートや住宅がひしめき、神社や墓地が泰然とそこに構えている。そのコントラストは判り易すぎるくらいだ。

 古い木造アパートを見る度に必ず思い出すのが昔の自分である。
 高校を行くあてもないまま卒業することになり、親の世話になるのが嫌なものだから奨学金で予備校に通うという名目で住み込みの新聞配達をすることにして、そこであてがわれたのが花小金井に程近い住宅街にあるアパートの一室だった。部屋は四畳半で北側にあり、一日中陽がさすことはなかった。
 何しろ十八歳という、剥き出しの神経を外気に晒しているような年頃だったから、その頃感じていたことをいちいち思い出していては真っ当な生活など望むべくもないほど、世の中のこと一つ一つに疑問と反感を覚えていた。美辞麗句を並べる大新聞の、企業としての末端がどんな実態なのかもよくわかった。そんなときを過ごしたのが、当時すでに傾きかけていた木造アパート「さつき荘」の一室だったのである。あたりは昭和三十年代にできた住宅や野菜畑が点在する風景だったのでまだ長閑ともいえたが、もし十八歳の自分が西新宿の今眼にしているアパートに暮らしていたら、たぶんもっともっと傷つき悩んでいたに違いない。

 自分にとって散歩とは外気に触れながら妄想することともいえる。部屋に閉じ篭って閉ざされた空気の中で妄想するほど不健康なことはない。健康志向などクソクラエだが、時に行き詰る妄想は人の命を根本から危険にさらすのでできれば避けたいものだ。肌を外気に晒して空気がモノであることを感じながら走るオートバイの疾走感を知ったことが、当時の自分を救ってくれたといっても過言ではないだろう。本気でオートバイを走らそうとすると、走ること以外になにも考えられなくなるのが快感だった。僕はそうしてオートバイに夢中になり、助けられた。

 西新宿のカビ臭そうなアパート街を抜け、ひょいと街道を渡って高層ビル街を歩き、焼酎と蕎麦でささやかな幸せを感じられるようになるまで二十五年かかった。これを堕落と呼ぶのか、大人になったというのか、自分は知らないが。

投稿者 uga : 01:45 | コメント (4)