2005年02月16日

050216 退役

ついさっき、「4:30」「4:45」「5:00」にセットされていた携帯のアラームを2年4ヶ月ぶりに解除した。15日付でこの間続けていた配達のアルバイトを辞めたからだ。

その職場の同僚には10年以上この仕事(バイク便)をやってきた強者もいた。わたし以外の日雇いは誰もが経験豊富なベテランばかりだった。都内の道はおろかビルの名前や入り口の仕組みまで熟知した歴戦の勇士たちだった。そんな彼らより後から始めて先に去っていくのは、さながら前線に補充されてきたロートルが戦場の厳しさをロクに味わわないうちに後方に送り返されていくような後ろめたささえ感じることだ。というのも、50人もいない職場から毎朝出発していくライダーたちのうち、年に何人もが入院するような事故に遭い、なかには命を落としていく人もいるからだ。冬の雨や雪も関係なく毎日走る彼らは、見えない敵に対峙する戦友だったとさえ思える。

短い期間だったが、戦績は次のとおり
出撃:600回強
被弾:4回(うち救急車乗車2回・入院なし)
走行距離:6万キロ
バイク便業界では希なほどヌルい配達業務は朝6時始業、荷物の仕分けをした後60kmほどのコースを4時間かけて回り、40〜50軒の店に荷物を届けるという単純作業だった。昼過ぎには仕事が終わっているので、そのあとGARAGEへ行って午後の仕事をするのがこの2ヶ月ほどの日課であったが、どうにもネをあげないわけにはいかなくなってきた。GARAGEの仕事が思っていたより忙しくなってきたのだ。

わずか2年4ヶ月。短いようだが初めて経験することがいくつもあったし、性にも合っていた仕事だった。この仕事をしていなければまず立ち入ることのない街や建物に入っていくときはある種の刺激もあった。無縁の世界を垣間見るわくわくするような気にさえさせてもらえた。それと秤にかければ、逃げ場のない夏の暑さや冬の冷たさも苦労というほどではなかった。むしろ不快だったのは発注元や配達先の人を人とも思わない態度だったが、そんなものは世間では珍しいことではない。ふざけた態度をとっていた配達先に今度は客の顔をしてフラリと立ち寄ってやろうかと思ったりもするが、そんなことしたって相手はなにも感じ取らないだろうからやめておく。底辺の仕事をしていると、人そのものが見えることも多かった。
(書ききれないので明日以降につづく)

投稿者 uga : 01:03 | コメント (12)