2004年01月16日

1(安全)-1(視点)-2「注意1秒、注視0秒」

ライダーの視界が狭くなりがちなのは二輪の特性に起因する様々な理由があるわけだけど、「ライダーは四輪ドライバーに比べ路面の状況に意識が行きがち」というのも小さくない要素だ。
コーナリング時やブレーキング時にマンホールのフタや水たまりの上などを通過すると、四輪に比べてはるかに危険な状況に陥る可能性が、絶妙なバランスの上に成り立つ二輪の走行には宿命としてある。そのためライダーは無意識のうちに進路上の路面を注視してしまいがちになるというのである。進路上の路面というきわめて狭い部分を注視することは、すなわち視界内の他の部分への注意がおろそかになることを意味するから、総合的には安全度が低まることになりかねない。

そこで有効になるのが「注視しないで注意する」ものの見方だ。
よく聞く逸話に、サーキットを超高速でコーナリングしているレーサーがスタンドに知人を見つける、というのがあるけど、あれは誇張でもなんでもない(日本のサーキットは空いているから、とか言うな)。100/hをはるかに越えるスピードでフルバンクして立ち上がるときにそんなものを見ていてはコースアウトしてしまいそうなものだが、本当に見えているものはしょうがない。←見られた側です
一口に「見る」といっても、文字を読むように目の焦点を合わせてそこにある情報の意味を理解するような見方と、視界に入るものの状態や変化の中から必要な情報だけを把握するのとでは大きな違いがある。(…とここまで書いて、丁寧に語るとあまりにも長くなることに気づく。というか語れない:汗)

で、結論として(ぉぃ)
路面状況の変化を一点だけ「注視」して危険かどうかを判断するのはではなく、前方の視界内の「注意」すべき点の一つとして路面状況を把握することがポイントなのだ。さもないと、次々と前方の状況が変化するワインディングなどではリズムがつかめず、複数のコーナーを連続するものとして走り抜けることなど不可能になってしまうし、市街地でも刻々と変化する交通状況に対応できず「思いがけないところから車が出て来た(=見てなかった)」と、泣きを見ることになる。(わしもよく見る:泣)

具体的には、たとえば瞬間的に次のような段階を経ていることになるだろうか。
1.コーナリング中、前方の視界にマンホールが入ってきたとしよう。
  脳内A「艦長! ソナーに突然マンホールがっ! 距離20m!」
  脳内B「あわてるな…まだ距離がある。」
  脳内A「艦長! 早く撃たないとやられます!」
  脳内B「まて…もっと引きつけてからだ! 照準前方のすり減ったマンホ〜ル!
  魚雷発射準備!」
  脳内A「これ以上近づくと艦がぶつかります! 艦長っ!」
  脳内B「よし、今だ! 発射!」
  …アボーン
  これは悪い例。なにが悪いって、照準合わせて狙っちゃダメ。あわてるな、って
  とこまでは○。なるべく近づいて魚雷撃つのは自爆攻撃…
  *ここであわてるのが最もいけない。おちつくために一服する(艦内禁煙)
2.オートバイはそれを「注視する」(見つめる)と不思議とそちらに進んでしまう
  ようにできているので、
  それを視界内に置きながら回避する進路を判断、確認する。
  (その際、常に一点を見つめず、前方の視界をできるだけ広範囲に「眺める」)
  「艦長! 敵はまだこちらに気がついていません!
   減速回頭して回避できます!」
3.同時にあらゆる操作によってオートバイをコントロールし、回避進路へ進む。
  「艦長! どうやら敵をやり過ごせたようです! へっへっへ(手もみ)」

うーむ、なんか書いてて自分でもちょっと違うな、と思わないでもないけど、だいたいこんなもんかな…
結局、ガードレールやマンホール見つめるのは禁物、前方の視界は拡げた屏風を少し離れて鑑賞するように眺めるのがオトナ(ライダー)の見方としてステキ、ということか。小さな箇所を見つめるのはコドモが得意とする見方なんだな。ウォーリーを探せ、じゃないんだから。

投稿者 uga : 2004年01月16日 20:44
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